三宝院
醍醐寺塔頭。
1115年(永久3年)第14世座主、勝覚僧正の創建した一山の中心的子院で、門跡寺院でもある。
1598年(慶長3年)豊臣秀吉が醍醐の花見の折に、表書院・宸殿などを再建、
庭園には聚楽第から名石・藤戸石を移した。
(所要時間30分)
詩仙堂
曹洞宗。石川丈山が1641年(寛永18年)に造営し、31年間隠棲した山荘跡で、
現在は六六山丈山寺という。丈山が選んだ中国の三十六人の詩仙の間にちなんで詩仙堂と呼ぶ。
庭園には躑躅や山野草も多く、小川が流れ、添水が響く。
(所要時間40分)
実光院
勝林院塔頭。1013年(長和2年)勝林院中興の祖寂源が声明を伝承するために開いたと伝える。
庭園は契心園といい、律川の水を取り入れた心字池を中心にした池泉回遊式。
四季咲きの不断桜も有名で、お抹茶がいただける。
(所要時間30分)
実相院
元は天台宗寺門派の門跡寺院、今は単立。
1229年(寛喜元年)紫野に創建され、応仁の乱後に現在地に移った。
1721年(享保6年)東山天皇中宮承秋門院の旧殿を移築した本堂・四脚門や書院・茶室などがある。
(所要時間30分) [official site]
下鴨神社
賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)が本名。
祭神は、賀茂建角身命と、そのむすめで賀茂別雷命の母である玉依姫命(たまよりひめのみこと)。
1863年再建の東西本殿は国宝。みたらし団子が名物。
(所要時間20分)
寂光院
天台宗尼寺。594年(推古2年)聖徳太子の創建と伝える。
本尊は太子作という地蔵菩薩。
平家滅亡後の1185年(文治元年)建礼門院が入寺、仏門の生涯を送った。
翌年には後白河上皇が訪れた(大原御幸)。
本堂は慶長年間(1596-1615年)豊臣秀頼により再興されたが、
2000年(平成12年)放火により建礼門院像とともに焼失した。本尊の修復も難航している。
(所要時間20分) [official site]
修学院離宮
明暦年間(1655-58)後水尾上皇が比叡山麓に造営した広大な山荘。
約54万平方㍍の敷地に上・中・下のお茶屋(庭園)から構成され、いずれも数奇な趣向の茶亭、
ご庵所、客殿が閑雅にめぐらせた池の傍らに立つ。事前の申込みが必要。
(所要時間60分)
常寂光寺
日蓮宗。
日蓮宗本圀寺の日禎上人が方広寺大仏の開眼供養の際、日蓮宗不受不施派の伝統を守って出仕せず
、1596年(文禄5年)に小倉山に隠棲したのがこの寺の起こり。
茅葺の仁王門から山に向かって本堂、妙見堂、多宝塔がある。
(所要時間30分)
将軍塚
青蓮院の飛地境内。
平安遷都の際、王城鎮護のため、土の武将像に鎧兜を着せ都を向けて埋めた。
その将軍塚を囲んだ山上の庭園で、山門・大日堂と、京都市街を一望できる展望台がある。
桜と紅葉の名所でもある。夜景も美しい。
(所要時間30分)
相国寺
臨済宗相国寺派の本山。
1392年(明徳3年)夢窓疎石を開山に迎え、足利義満が建立した。
禅宗寺院を統制する僧録司の職を当寺に置き春屋妙葩をこの職に任じた。
京都五山の第二位。金閣寺と銀閣寺は当寺の境外塔頭。
法堂の天井には狩野光信筆と伝える蟠龍図がある。
(所要時間40分) [official site]
しょうざん
鷹峰三山の麓を流れる紙屋川の谷沿いにある、四季多彩に変化する日本庭園で、
面積11万平方メートル。着物の「しょうざん」の所有である。
樹齢400年の古木を混えた北山台杉3000本をはじめ、楓も多い。
ギャラリーやショッピングゾーンもある。
(所要時間30分)
正伝寺
臨済宗南禅寺派。鎌倉時代に創建され、1282年(弘安5年)今の地に移った。
現在の本堂は寛永年間(1624-44年)に伏見城御成御殿を移築した。
血天井と小堀遠州作の比叡山を借景にしたつつじの庭園が有名。
(所要時間20分)
城南宮
平安遷都のころ、平安京の南の鬼門を守るために創建されたと伝え、
鳥羽離宮が造営されると、その域内となって繁栄した。古くから方除けの神として信仰された。
本殿は1978年(昭和53年)に平安時代の建築様式で再建した。
境内の南に広がる楽水苑は、中根金作氏作庭の昭和を代表する庭園である。
(所要時間30分) [official site]
勝林院
天台宗。835年(承和2年)慈覚大師円仁が開き魚山と号した。
仏教音楽声明(しょうみょう)発祥の地。1186年(文治2年)法然上人が招かれ、
諸宗派と宗論をたたかわせた「大原問答」はここで行われた。本尊は証拠の阿弥陀といわれる。
(所要時間20分)
青蓮院
天台宗の門跡寺院。
平安末期天台座主行玄が、比叡山から移した青蓮坊が起源。代々入道親王が住持
。1788年(天明8年)天明の大火の際、後桜町上皇の仮皇居となったことから粟田御所ともいう。
青不動と呼ばれる国宝不動明王童子像が有名。
(所要時間40分) [official site]
神護寺
高野山真言宗別格本山。
もとは和気氏の氏寺。
809年(大同4年)から14年間空海が住持、その後荒廃したが、平安末期に文覚上人が再興した。
金堂の本尊薬師如来立像は貞観時代の傑作。国宝の梵鐘は日本三名鐘の一つ。
高雄・槇尾・栂尾で三尾といい紅葉の名所である。
(所要時間60分)
真如堂
天台宗。本名は真正極楽寺。
984年(永観2年)戒算上人が、比叡山常行堂にあった阿弥陀如来像を神楽岡に移して開創。
応仁の乱のあと転々とし、1693年(元禄6年)現在地に落ち着いた。
11月には、お十夜の法要もあり、紅葉もみごと。
(所要時間30分)
随心院
真言宗善通寺派の大本山。このあたりは小野と呼ばれるように小野氏の領地で、
小野小町の住居跡ともいわれている。1018年(寛仁2年)の創建で、
1229年(寛喜元年)門跡寺院となり随心院となった。梅の名所でもある。
(所要時間30分) [official site]
泉涌寺
真言宗泉涌寺派の総本山。天長年間(824-34年)空海が草庵を立てたの起こり。 その時、泉が涌き出たので、泉涌寺となった。 背後の月輪山に四条天皇と後水尾天皇以降の江戸時代の天皇の陵墓があり、 皇室との関係が深く、御寺(みてら)と呼ばれる。(所要時間40分) [official site]
千本釈迦堂
真言宗智山派。
本名は大報恩寺。1227年(安貞元年)建立の本堂は、応仁の乱のとき西軍の本拠となったが、
奇跡的にも残り国宝である。
本堂建築の棟梁長井飛騨守高次とその妻お亀の話により、
建築関係者らの信仰も厚い。
(所要時間30分)





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